病葉

病葉

文明の冬には、言の葉も死にいたるようだ。 言の葉は病葉となり、今となっては、会話や社交といった人間にとって本源的であろう営みも、児戯に類する営みとなった。

職業的に交わされる言の葉は、ほぼ技術的・金銭的目的に傾注した、いわば一時的な記号になりはて、味気ないことこの上ない。

SNS等で交わされる言の葉が、なべて十代前半のやりとりにしかみえないのは、言語的ネオテニー(幼形成熟)ではないのか。

世間の言の葉が病葉となり、会話の中身、その価値が著しく下落したため、会話のほとんどが空話となった。そんなありさまなら、飛沫を飛ばさないだけ、沈黙のほうがましだ。こうなってくると、自ずと活字(活きた言の葉)にお付き合い願うしかない。

書物の言の葉だけは、余生、どうか生きていてくれよと、松の幹に「菰巻き」を施すように、新しいブックカバーが欲しくなった。