202Xの遊撃戦 不確実性が増大した世界

『2020年版ものづくり白書』から
不確実性が増大した時代について考える

経産官僚であり評論家としても活躍されている中野剛志氏が『2020年版ものづくり白書』として非常に興味深いデータとアイデアを示されているのを見て、これは「ものづくり(製造)」にかぎらず、これから先のさまざまな「活動」において、広範にわたって関係する柱のひとつとなる論点であると感じたので、ここで取り上げてみることに。

ニューノーマル(New Normal)の本質は不確実性の増大。
静的ビジョンから動的ビジョンへ

「ニューノーマル(New Normal)」という言葉があたかも「新型コロナウイルスへの対応」というふうに受け止められがちなのは喫緊の要事としてまちがいではないが、しかし「ニューノーマルとは感染症対応のこと」と定義してしまうのは近視眼的である。『2020年版ものづくり白書』のなかの「政策不確実性指数」を見ると、不確実性指数は2008年のリーマンショック後からすでに右肩上がりの傾向にある。つまり世界は10年以上前にすでに不確実性増大の世界へシフト済みということである。しかもそこに加速度的な勢いをみるならば、この先、新型コロナウイルスをも超えたさらなる不確実性が目白押しなのだと考えることは悲観的というより、むしろ論理的にちかい。

そう考えるなら、「ニューノーマル」においては特定の事態への適応、正解、よき選択というものは瞬間的なものにすぎない、という前提、認識をもつにいたる。たとえば今回の新型コロナウイルス感染症災害の教訓から、サプライチェーンの見直しをしたとしても、それが21世紀型などと数十年先まで通用するわけがない、と考えるのが「ニューノーマル」の当然の見方ということになる。これは安定・安心が大好きな、石橋を叩いてさらにはセンサーで内部の状態まで把握してから渡りたいというような多くの日本人にとって、「挑戦」を越えて「試練」ともいうべき時代に突入済みということだろう。それを嫌っての正常性バイアスとしての(時代・状況)錯誤とその錯誤への執着、過小評価は、不確実性の増大が今後も右肩上がりであるとするならば、国内の停滞・衰退を延長するというような甘いものではなく、それは時代の流れという奔流への逆行であり、その増大する反作用により圧壊的終末につながる可能性もある。

過去の記事「パンデミック中につきニューノーマルの憶測」でも書いたように、現代文明社会においては感染症災害も単に健康上の問題にとどまらず、社会システムやテクノロジー、政治・経済、インフォデミックからの個人や集団の行動原理等、さまざまな方面へ波及し、いともあっけなく国境を越え常識を越え動揺させるように、どんな不確実性の表れも複雑系に関係し、連動し、影響するとみるのが妥当であろうと思われる。2020年7月現在は感染症が強烈な不確実性の表れとして最前面にあるが、他にも金融危機、自然災害、国際問題、制度疲労、急進的改革等、現在、多方面で不確実性が異様な高まりをみせている。そのありさまはたとえるなら世界全体が濃霧に覆われたような状態か。数メートル先も見えない、遠望不能、予測不可能の世界、それが「ニューノーマル」であろうと考える。

不確実性というブラックボックスの中から何が飛び出してくるか分からない状況では、未来に静的な目標を仮定し、予測し計画を立て、最終的にその予測、計画どおり目標にヒットさせるというような悠長な戦いはもうできない。千変万化の様相を呈するなか、ゼロ距離で突如現れるものにたいしては、これまでの戦略も戦術も通用しない。これからのターゲットは予測不能、ステルス的であり、動的である。想定が立たない世界では、「即興的」にならざるをえない。「ニューノーマル」とは「即興力」がものをいう世界ということか。そうしたとっさの適応力を「ダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)」という。

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[a]不確実性が増大する以前は、現在から未来にたいしてある程度の予測ができたため、静的に目標を仮定し、それに向けた計画が有効に機能した。
[b]不確実性が増大した現在、未来はブラックボックス化したため、目標の仮定もそれに向けた計画も実現可能性が低い状況となった。

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[c]そのような状況では不確実性から突如として現れる動的なターゲットに対応可能な能力を手に入れる必要がある。つまり、とっさの適応力「ダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)」を高める必要がある。