雰囲気ディスタンス

パンデミックとインフォデミック、
そしてエモデミック(emotion×epidemic、感情・雰囲気の伝染)へ

新型コロナウイルス(COVID-19)についての情報も増え、未知ではじまったウイルスについていろいろわかりつつある2020年6月中旬。それら新たなデータや事実にもとづき、脅威度、対策の内容などに変化を加えていくことはいうまでもないことだと思うが、データや事実をもってしても変えがたいdemicがある。それは「感情・雰囲気の伝染」だ。ここではそれをエモデミック(emotion×epidemic、感情・雰囲気の伝染)と名付け、考えてみたい。

日本人は空気と称される「雰囲気」に良くも悪くも影響されやすいところがあるのは周知の事実だが、たかだか芸能人の不倫ごときであっても立ちどころに醸成され、常勢化する空気、いわゆる「雰囲気」は、新型コロナウイルス(COVID-19)にかんしても大規模な気圧配置を出現させた。そうなると「雰囲気は事実に勝る」とでもいうべきシンドローム(症候群、syndrome)となって世を席巻する。それは「雰囲気」を「ふいんき」と読む誤りも雰囲気でこれを是としてしまうことにみられるように、大衆を突き動かす原理の最たるものである。パンデミックでもインフォデミックでもないエモデミックが蔓延した状態、すなわち感情の疾病状態の回復までが、新型コロナウイルス(COVID-19)の最終的な収束条件に入っているのではないだろうか。そしてそこにきれいさっぱりとした収束など果たしてありえるものだろうかと考える。

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ちなみに「尋」は8尺(約2.4メートル)、「常」は1丈6尺(約4.8メートル)、「普通の長さ、幅」という意味もある。

大衆の雰囲気主義からの「雰囲気ディスタンス」

学術的に証明された知識や方法であっても、それが「是」とされ「実際的」になるにはさまざまなプロセスを経なければならないのが世の常だろう。そのプロセスの最終にして最大の障壁であり、決定的にするものがであろうと思われる。にはさまざまあり、それは「雰囲気」であったり「景気」「人気」であったりするのだが、いずれもという、いわゆるムード(気分、情調、雰囲気)が大衆の最終的な実践基準となるのは世間をみれば自明である。たとえば、換気が感染予防に望ましいとされる環境であっても、窓を開けることをよしとしない周囲の目が、雰囲気が、窓を開けることをあきらめさせるのである。換気より雰囲気、事実より雰囲気というわけである。気体のごとき行動様式と謬見であっても大勢への同調圧力と服従、それが大衆の雰囲気主義というものである。

そうした現実を認めるなら、学術的か科学的か、証明された事実がすんなり通らないことも頷ける。世間はアカデミーではない。マスクを着用したところで、3人に1人の印象でマスクの正しい付け方も実践できないような「塵界」とも称される俗界なのだ。非理も道理の顔をして歩くフィールドなのだ。このことはオギャーと生まれた時点であきらめなければならない、この世のならわしである。正しさも、苦笑して道の端っこを歩かねばならないことに、怒ってもどうにもならんということである。

ウイルスにかんする、感染にまつわるデータや事実とはもはや関係なく、情調、雰囲気によってとられる距離、それが雰囲気ディスタンスである。インタビューの体(てい)で世間の心理にマイクを向ければ、「なんとなく危険な気がして」とか「なんかもうそれに慣れて当たり前になっちゃって」など、おおかたそんな声が幻聴のように聞こえてくるものである。

理屈だけでは通らないのが人の世の常ならば。
屁理屈も理屈のうちとして総合したアイデアを

ただでさえ雑な世間なるものに、目にも見えない微小なウイルスなるものが大量に混じった時点で、精緻な知も論も実際的には効果が期待できないことは、おおむね見当がついていた。大量の塩のなかに大量の砂糖を誤ってぶちまけてしまったようなもので、これまた七面倒臭いことが起きてくれたものだと。しかしこうなったらもう、だらしなく甘い塩もしくはしょっぱい砂糖として、今後使っていくしかなかろうと。最後の最後は諦めの境地、それが地球の重力の最果てと相場が決まっている。

それならばもう、踊る阿呆に見る阿呆、滑稽と諷刺でいなしながら、なるようになれと清濁併せ呑むもまたよし。食物にはわけのわからない添加物が混じり、誰かの笑顔には腹の黒さが混じり、飛沫や密集のなかにはウイルスも混じる。どのみち汚いものやら卑しいものの混ぜものが世間というものの常である。潔癖になったところで、永遠に報われぬのが世間というものの常である。野卑な言葉と表現、パロディが現代のトレンドであるようだから、そちらに舵を切った態度やグッズも、そのうち出てくるのかもしれないと、くだらぬアイデアを出して終わろう。

イメージ ちゃんと鼻までマスクに入れないとおかしな見た目になる「ちゃんと鼻まで入れようマスク」。

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