202X サバイバー 黒胆汁に沈みゆく

2020年からの日本。
勇気と諦めの平衡感覚がいっそう求められるだろう

2020年1月。日本国内の状況を私のいる地域から俯瞰するに、引き続き黒胆汁(メランコリア)色に靄(もや)っているが、問題ない。想定内だ。 あまりにも長すぎた興醒めのなかで放たれるのであろう一発芸「オリンピック」はイタチの最後っ屁にもなりそうにないというのが、私のいる場所、高齢化率30%超えの衰退地域から発する素直な見解だ。 ここは老人の屁の大合唱だ。イタチの屁など聞こえようもない。

2020年代、令和のはじまりは、昭和・平成とこれまで先送りにしてきた、あるいは解決できなかった国内のさまざまな問題が連鎖して破裂、まさに「202Xサバイバー」というタイトルどおりの年代になりそうな、そんなスタートではあるが、問題ない。これも想定内だ。 サブタイトルは「キミもベア・グリルスになろう」である。

これは暗い話か。サバイバルに明るいも暗いもない。 黒胆汁の湿地帯をいくサバイバーたるもの、やることはシンプルだ。 知識と知恵を駆使して環境・状況を読み解き、タンパク源を確保し、立っている者は親でも使えの言葉に倣い、使えるものは何でも使うDIY力、そして鮭のように逆流のなかでも楽しむことができるストロングでエキセントリックなハート。

では、2020年代のはじまりのこの1月に、現時点で私のレーダーに映っている外界のキーワードをざっと挙げてみる。 サバイバーたるもの、まずは脅威の確認からだ。さあ。お次はどんな厄介事か。 問題ない。20年もの間、失われた時代を生き抜いてきたのだから。

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赤はどちらかといえばネガティブな、難癖のつきそうなもので、水色の、暗雲の切れ目からかろうじてのぞく空のようなものは、一縷の望みだ。 見事に赤い。おまけに水色のキーワードがもっとも不確実性に満ちているという、これはもうスーパーマリオでいえば「キノコなし、フラワーなし、スターなし、コインなし、さらにBボタン禁止」という縛りプレイのようでもある。

では頂点から時計回りで1つずつ、きわめて個人的見解で、今回はやや豪快にぶった切っていこうと思う。 ちなみにこれらにたいし、テレビやラジオ、新聞といった「マスメディア」ではあいも変わらずその名のとおり「マス(大衆)」に向けて見せたい側面、誘導したい視点からの解説に終始し、自身は安全エリアにいるであろうキャスターは、時に白々しく憂えた表情をつくり、あるいは高級エステで磨いた美顔をカメラに向けて台本を読むだけである。 そんな調子だから「テレビはオワコン」などといわれてしまうのだろう。 世のサバイバーたちはみな、戦場で独立して知恵をつけ始めているのだから。

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