令和の大艦巨砲主義

迷ったら「惰性に舵を切る」というのは
日本人の宿痾のようなものなのか

今現在、そしてこれからの日本には、数々の困難で厄介な課題が待ち受けているであろうことは、多くの人の知るところだと思う。 先のことは絶対にわからないものだとは知りつつも、だからといって明日以降のことは一切考えないで生きるというのは、現代ではシステムからしてそれをゆるさない。 これからこの国に起こりうる、予測される課題、問題がある程度情報共有されているにもかかわらず、そういう予測を後に控えた人間がするとは思えない判断や決断をする人がけっこういるものだから驚く。

寂れたビルの一室、回復の見込みがない延命措置のごとき経営であえぐ零細企業で、ブラックな働き方に将来の夢も希望もないような文句が絶えないその状況で高額のローンを組むとか、次のリストラで失業する可能性も充分考えられる立場だというのに3人目の子供を希望する夫婦等、私に何も関係がない人たちだから「なんというか、すごいな」で済ませるけれども、これが知人なら10分でも時間を割いて、一応、自分の意見として相手の耳に入れるぐらいのことはするだろうと思う。

こういう「突き詰めて考えることもなく進める」という宿痾のようなものが、少なくとも近代、けっこうな数の日本人の判断や決断に絶えず影響しているように思える。 普段、石橋を叩いて渡る、安全と安心が大好きな人々が、なぜそうなるのか。 髪型からシャツ、ネクタイ、スーツまできちんと身支度しているのに、最後になぜスリッパを履いて出社してしまうのか。 「突き詰めて考えることもなく進めているように見える」人に試しに訊いてみると「そういうものだから」というような、判断でも決断でもない、ただの「惰性」を理由にしたような返事もある。 なるほど。大量の人の流れに乗っかっていれば、信号が見えなくとも、それが赤だろうと青だろうと、まあ大事にはいたるまい、ということか。多数派=安全、ということなのだろうか。 だから間違う時は、町を挙げて、国を挙げて、間違うということなのだろうか。

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令和になっても大艦巨砲主義

大艦巨砲主義とは、艦隊決戦による敵艦隊撃滅のため大口径の主砲を搭載し重装甲の艦体を持つ戦艦を中心とする艦隊を指向する海軍軍戦備・建艦政策及び戦略思想。
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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本は先の大戦で、時代、技術の流れは「空を制す者が戦場を制す」というドクトリンに既にシフトしていたことより「大艦巨砲主義」にこだわっていたといわれる。 時代や状況を鑑みて、それまでの輝かしい成功体験を、時には潔く手放す、変化する、ということが苦手なのは、現在の政治指導や経営においてもまったくといっていいほど同じ傾向で、そして同じ結果を招きつつある。

福留繁中将は

「多年戦艦中心の艦隊訓練に没頭してきた私の頭は転換できず、南雲機動部隊が真珠湾攻撃に偉効を奏したのちもなお、機動部隊は補助作業に任ずべきもので、決戦兵力は依然、大艦巨砲を中心とすべきものと考えていた」
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と反省を語り、また、奥宮正武中佐は、

戦艦無用論も含む航空主兵論は戦前極端とも見られたが、太平洋戦争の経過がその見通しがほぼ正しかったことを証明したとして、特に航空関係者が嘆いていたのは、大艦巨砲主義の下で作られる戦艦の建造費、維持費など莫大な経費が浪費される割にほぼ戦局に寄与しないことであり、それを航空に回せばより強力なものができると考えていた
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と語っている。 大艦巨砲主義の象徴ともいえる「戦艦大和」についても、疑義を抱く人たちはいた。

1942年(昭和17年)4月28日及び29日、大和で行われた第一段作戦研究会で第一航空艦隊航空参謀源田実中佐は大艦巨砲主義に執着する軍部を「秦の始皇帝は阿房宮を造り、日本海軍は戦艦「大和」をつくり、共に笑いを後世に残した」と批判して一切を航空主兵に切り替えるように訴えた。第二艦隊砲術参謀藤田正路は大和の主砲射撃を見て1942年(昭和17年)5月11日の日誌に「すでに戦艦は有用なる兵種にあらず、今重んぜられるはただ従来の惰性。偶像崇拝的信仰を得つつある」と残した。
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気づく人は気づいていた。冷静な分析を行い、合理的な知見に達していた。 にもかかわらず、およそ80年経った令和の今もなお日本が大艦巨砲主義を貫いているに等しいという、本質にかかわるような言葉もある。

戦後、大艦巨砲主義に反対していた日本海軍の航空主兵論者たちは次のように語っている。源田実大佐は、海軍が大艦巨砲主義から航空へ切り替えられなかったのは組織改革での犠牲を嫌う職業意識の強さが原因だったと指摘する。「大砲がなかったら自分たちは失業するしかない。多分そういうことでしょう。兵術思想を変えるということは、単に兵器の構成を変えるだけでなく、大艦巨砲主義に立って築かれてきた組織を変えるとことになるわけですから。人情に脆くて波風が立つのを嫌う日本人の性格では、なかなか難しいことです」と語っている。
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もうここまで来ると、現在の状況は当時の焼き直しとすら思えてくる。 外力と相対してなお、自国の若者をはじめ国民が犠牲になっても「既得権益」や「空気」を尊重するという、そうした歴史にみる、今も変わらぬ不甲斐なさゆえに、投票に行かない、政治に興味がないというのであれば、私はそこに一理認めざるをえない気持ちになる。

そして、指導部のみならず民衆もまた変わっていない。 厚生労働省がまとめた国民生活基礎調査(2018年)によると、生活が「大変苦しい」「やや苦しい」と答えた世帯の割合は57.7%、過半を超える人間が「苦しい」と自覚しているにもかかわらず、与党は大勝、消費税増税、変化なし。 時代錯誤の大艦巨砲主義で、今度は経済、ビジネスにおいて列強にますます水をあけられている現実をまざまざと見せつけられても、親世代のトレース。大艦巨砲の戦艦に乗船希望。 「なんとか逃げ切れればいい。現状維持で御の字」と言う人がいるが、現在はもはやその程度で逃げ切れる世の遷移速度ではない。 そもそも、現状維持という考えは、エントロピーに抗う同等の逆ベクトルのエネルギーをかけ続けてようやく維持が可能となるのであり、重力に抗ってやや上向きに飛び続けてようやく水平飛行が可能となるような、そういうもの。 エントロピーが増大した現在、一世代前のトレースで現状維持ができるなどというのは楽観が過ぎる。

MMT(現代貨幣理論)にせよ少子超高齢化問題にせよ、労働環境の問題にせよ国防にせよ、是非を問うまともな議論が少なすぎると感じる。そうした議論を起こすこと自体が「空気」に逆らうとばかりに黙々と「これまでどおり」の「惰性」の行進を続けるか、もしくは短絡的な帰結か罵詈讒謗の類。 百歩譲って「空気」を読んで配慮するならまだしも、「瘴気」であっても看過するようではただの因習である。 それらが「宿痾」であるとするならば、特効薬などない。せめて時間をかけてでも、たかだか人間の判断、決断ごときに絶対正しいなどというものはない、それは間違っているかもしれないと常に疑いつつ観照する思考や態度を多数派も少数派もなく素養としてもつこと、そして適合しなくなった既得権益が恐怖するような苛烈なものではない修正、変更、シフトの方法をシステム的、慣習的に作る必要があるのかもしれない。

隘路にはまった戦艦。
大艦巨砲主義は二度敗れる

日本列島を「不沈空母」とたとえた政治家もいたが、現状の日本をみるにつけ、隘路にはまった「沈むことすらできぬ戦艦」のようだ。 座礁し、身動きが取れなくなった船に、思い思いに各国の船が横付けし、乗り込み、備品やら何やら切り売りの場と化した、蝕まれる戦艦。 日本はまたしても「大艦巨砲主義」で敗北するのだろうか。 繰り返される「輪廻」(ロンド)に終止符を打てるものはもはや見当たらない。 拿捕された戦艦の主砲が唸ることはもうあるまい。 この先、日本が難病の特効薬や無尽蔵のエネルギー源を発明、発見するようなことがあっても、包囲された船上でそれらを掲げた瞬間にそれはむしり取られていくのだろう。

本能寺の変での信長の言葉「是非に及ばず」の真意とは、一体何だったのか。 状況の本質は似たものだけに、ふと気になった。

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