価値の源泉は相性にあり!?価値は相性で変わる。バリューアップゾーンで活動することの大切さ

「価値」と「相性」には密接な相関関係がある

人間の活動の原動力ともなる「価値」。
「価値がある」と判断するから、その人との人間関係の構築、維持につとめ、 「価値がある」と判断するから、お金を支払って買い物もし、 「価値がある」と判断するから、自分の人生の限られた時間やエネルギーをそこに費やすものだ。 「価値を感じる・認める」ことで、「ヒト・モノ・コト」、さまざまな活動の歯車が回りだす。

逆に「価値がない」と判断した時には人の意思・感情・行動等、さまざまな活動は停滞し、エネルギーが減衰する。 「価値がない」と判断するから、その人との縁を切ったり別れたりし、 「価値がない」と判断するから、ショピングカートに入れることをしぶったり買うことをやめ、 「価値がない」と判断するから、時間の無駄だと感じたり面倒くさいと感じる。

「価値」というものは絶対的なものではなく、相対的なものだ。 そしてその相対的なところを解剖してみると、そこには「相性」という成分が含まれていることに気づく。 それは「視点のちがい」とも言い換えられるし、「関係性」とも言い換えられる。 同じ「ヒト・モノ・コト」、それ自体に何の変化を加えることもなく、「価値」だけが倍になったり無価値になったりすることがあるけれども、これは「視点のちがい」や「関係性」といった「相性」によるものだろう。

たとえば、愛想が尽きて別れた「ヒト」が、別の誰かにとっては運命の「ヒト」となり、仲睦まじく幸せな関係を築くこともあったり、 もう古ぼけて自分にとってはゴミとして捨てようと思う「モノ」が、別の誰かにとっては高額を支払ってでも手に入れたいビンテージ価値のある「モノ」であったり、 あるいは、伊能忠敬は十数年かけて日本地図を完成させるという偉大な「コト」を成し遂げたけれども、現在ではググれば地図は一瞬で得られる価値になった。 「ヒト・モノ・コト」の「価値」は「相性」と密接な相関関係があることがわかる。

このように、人間の「活動」には「価値」が常につきまとうものだけれども、ではその「価値」を生んだり上げたりといったことは、何も「努力や頑張り」だけが可能にする方法ではなく、「相性」という尺度もあるということを知っておくことはけっこう大切だと考える。 そうしないと、いろんなことにおいて価値が劣化したり破綻した時に、一辺倒に「努力、頑張りが足りない」などと判断してしまい、実はその原因は「相性」にあるかもしれないのに、ひたすら汗水たらして頑張るという不毛な努力、骨折り損をすることになってしまうからだ。 価値の変化には「努力や頑張り」以外にもさまざまな原因があるということを知っておくことは、人生をとおして役に立つと考えている。

「相性」の影響力は時に努力や頑張りをはるかに超えるレバレッジ。
努力や頑張りの前に、そこはバリューアップゾーンの内か外か

「五行」というものをご存知の方も多いだろう。 万物の構成を木・火・土・金・水の5元素とした自然哲学だ。 青い線(矢印方向)を「相生」と呼び、生み出し、サポートするような関係を示している。 赤い線(矢印方向)を「相克」と呼び、打ち消す関係を示している。

五行思想

五行においては元素として、それぞれ動かぬ固定の性質だけれども、人間等においてはこの五行の星の上をその時、その状況に応じて移動するようなものだと考える。 つまりこれをヒトに置き換えると、ある時、ある状況においては「木と火」の「相生(木が燃えて火を生み出す)」にあったけれども、「木」が「水」に変化したことによって「水と火」の「相克(水が火を消す)」へと関係が変わり、「火」にとっては損を被る存在になる、というようなことだ。

こう考えると、「火」は自らをサポートし増大させてくれる「木」が豊かな状況、つまり「森」にいるべきだし、「水」は水滴を生じさせる「金(金属)」とタッグを組むことが、建設的で生産的な活動を助長する状況・環境ということになる。 そしてこれをもっと実際的にたとえるなら、こんな感じだろうか。

ある人は、あなたの仕事をあなたが設定した価格で、しかもそれをお得だと言って、仕事を評価し、買ってくれる。 一方で、とにかく値切り、やれあの店はもっと安くで売っていたとか辛辣な言葉で攻め立て、最終的には半値ぐらいまで落とそうとしてくる人がいる。 五行でいうところの、前者は「相生」のお客様であり、後者は「相克」のお客様だといえないこともない。 あなたの10の労力を11、12で評価する人がいる一方、半分の5でもまだ文句を言い足りないような人。

これは努力や頑張りの問題ではなく「相性(相生)」の問題だ。 ちなみに、努力や頑張りをいくらしたところで、後者の値切る客というのはどのみち値切ってくるものだ。 このように、仕事だけでなく人生は「相性(相生)」が存分に機能する「好相性(相生)域」、名付けてバリューアップゾーン(価値増大ゾーン)で活動するにこしたことはない。 「相克」のなかに生きて活動することは、手足、全身に鉄球付の鎖を巻き付けているような、そんな非効率&非幸率なことになりかねないのだ。

バリューアップゾーンとは「相性(相生)」がやや勝った状態、陽寄りのゾーン。
相生と相克の塩梅が良いゾーン

私が半世紀ちかく生きてきて思うに、今まで出会ったほとんどの人は自分なりに努力し、頑張っていると思っている。 たしかに何事にも例外はあるけれども、多くの人は皆、自分がおかれた状況で自分なりに考え、判断し、ベストを尽くしているように思う。 にもかかわらず、社会がこんなにもざわざわと落ち着かない、問題だらけなのは、そこにある深遠な「相性(相生)」というものをまったく観ていないこともあるのではないだろうか。 「相性(相生)」という概念は、せいぜい好き嫌いや、占い、気が合う合わない止まりの認識で済まされる。 しかしシンプルな五行の元素よりもはるかに複雑な人間の「相性(相生)」なるものは、週ごと月ごとの星座占いで済むほど単純ではないだろうし、もっとメタなデータとして注目してもよいのではないかと思う。

そして、これは五行の「相生」と「相克」のバランスをとり、調和させている大自然の多様性にもつながると想像する。 「相生」一色の世界もまたバランスを欠いたものであることは事実で、「相克」も万物の流転のためには必要だから存在する。 ポイントはその「バランス」ではないか。 人が絶望したり自己破壊を起こしてしまうような状態というのは「相克が過ぎる」ような状態で、もっと「相生」を取り込む必要があるだろうし、 逆に「相生」のみの状態では飽和し、流転が停滞する。 適度な「相克」が新たな学びや進化を生んだり、新たなスペースを作るための破壊を生み出してくれる効果もあるだろう。 とはいえ、今のストレス社会はあきらかに「相克」、否定する力、打ち消す力、逆風、ネガティブな力が過多な、多くの人にとってバランスが良くない状態なのではないだろうか。 個人的なイメージでは相生と相克は6:4とか、あるいは8:2ぐらいの「陽気が陰気に勝っている状態」が「バリューアップゾーン」だと思っている。

ありのまま、自分らしさを受け入れたバリューアップゾーンでの努力こそが、
建設的で生産的で幸福的な現実につながると考える

五行の元素と我々人間の最大の違いは「素を偽っているかどうか」にあると思う。 自分のありのままの素直な気持ちでヒト・モノ・コトに向き合う時、自分の努力不足なのか、はたまた問題は別にあるのかはなんとなく直感でわかるもの。 そしていうまでもなく、努力をするなら、より幸福な「相性(相生)」のためにするものであって、ただひたすら「相克」を克服するため、などと偏重してしまうと、先述のとおり手足、全身に鉄球付の鎖を巻き付け、さらにぬかるみに腰まで浸かった状態で進もうとするような、長く、停滞感あふれる忍耐の道に入ってしまう。

努力の種も、蒔くのが肥沃な土の上であればスムースに花咲き、実ることもあるけれど、汚れた沼に蒔いても意味がないというところか。 望ましいバランスとしては、やはり種は土に落ち、芽吹き、花を咲かせ実を実らせ、時に嵐や害虫の試練に遭うことはあるけれども、そこから強化、進化し、生命力をフルに使い切った生をまっとうすることではないか。

人生は自分が思っているほど長くはない。 相性(相生)を知り相性(相生)を見極め、また、相克を知り相克を見極め、自らの「素」に則した好相性、好バランスのバリューアップゾーンのなかに生きたいと思うものです。

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