ループ思考で失敗を確実にEXP化する

失敗を確実に経験値化できれば、失敗を建設的に受け止められる。
自分に合ったループ思考を開発する

人は誰しも「失敗」をする。 生まれてこの方一度も何の失敗もしたことがない人がいたらお目にかかりたい。 ひどい時には短時間のうちに立て続けに失敗が連鎖し、「泣きっ面にスズメバチ」のような最悪の状況も、人間、生きていればそれなりに経験するのではなかろうか。

そんな日常茶飯事の「失敗」というものを、それをしてしまう度にイライラしたり落ち込んだりしていては損するばかり。人生の半分ぐらいは失敗でできているようなものだ。 それならば失敗を食らって栄養にしてしまうぐらいの消化力を身につけたほうが得だと思う。 ちなみに私は「失敗」という字がよくないと思う。 「失い、敗れる」とは。コテンパンなイメージじゃないか。 実際、「失敗」はそんなにわるい奴じゃない。 その裏側はかならず、一歩先へ進むための「学びの暗号」が書かれている。 失敗は憂うものではなく、どちらかといえば挑戦、ゲームだと受け止めるほうが、人生トータルでみた時、絶対に得だと思うわけだ。

失敗しても脊髄反射的にガッカリせず、
失敗を捕獲、分解し、そのエッセンスを吸収してやろう

「最悪だ」という言葉が口癖のようになっていた若かりし時代。 失敗を「最悪だ」と決めつけてしまった時点で魚心あれば水心、失敗はこちらが決めつけたとおり「最悪のやつ」になる。 それは栄養となる肉を残したまま小骨が煩わしいと魚を捨ててしまうようなものだ。

失敗した時、それが起こった時に喉まで出かかった否定的な言葉と感情をぐっと抑え、そのなかにあるであろう「学びの暗号」を抜き取る。 このクセをつけると、失敗はちょっとだけゲーム化する。 もちろん、ガッカリ感はあるけれども、ガッカリ感一色ではなくなる。 そのためには失敗を蛇蝎のごとくゴキブリのごとく毛嫌いせず、いったん捕獲する。 そして解剖するように分解して、そのなかにかならずある「学びの暗号」を抜き取ってやろうじゃないか。 こうすると「失敗」から貴重な「養分」を抽出することができる。

ループ思考はいろいろ応用できる。
私の場合の失敗をEXP(経験値)化するためのループ思考

普段、自分がしているループ的な思考をざっくりと図にしてみた。 粗はあるけれども概ねこんな感じか。

イメージ

まず大きく、「戦略レベル」「戦術レベル」「ルーティンレベル」があって、「時間・検証」がある。 「時間」はこの世で生きているかぎり絶対に無視できない要素であるし、後に説明するけれども、時間概念なき戦略や戦術、ルーティンは私の経験では実際的ではない。 各レベルで設定したタイムスパンで検証する。

「戦略レベル」では「仮説」を立てる。 「戦術レベル」では「手段(方法)」を決め、「ルーティンレベル」は愚直に行動するフェーズとなっている。 といってもこれだけでは何のことやらさっぱりだろうと思うので、具体例で説明してみる。

ここでは「筋トレ」で例えてみよう。 女性にはピンとこないかもしれないけれども、そこは「ダイエット」等、適当に自身がイメージしやすい事柄に置換してほしい。

戦略レベル

図の緑っぽい色の円とゾーンが「戦略レベル」。 「身体を鍛える必要がある」という認識と目的を持つにいたるとする。 そして「身体を鍛えるには→○○」といういくつかの「仮説」が出る。 スポーツを始めるというのもあるだろうし、筋トレもある。 今回はそんななかから、その時点で突き詰めて考えた結果「筋トレ」が最も有効だという判断を下したとしよう。 アクティベートしなかった「仮説」も却下せず、とりあえずリストには残しておく。 そして「戦略レベル」の時間設定。 いつまでこの仮説の実証に取り組むか。 ここでは「1年」としてみる。

戦術レベル

図の紫色のゾーンが「戦術レベル」。 「筋トレが身体を鍛え上げるにちがいない」という仮説から、では具体的にどう筋トレするのか、実際に行動できるレベルにまで「手段(方法)」をあきらかにするのがこの段階。 自重トレーニングや道具を使った筋トレ、いくつかの手段が思いつくなか、ここでは「道具を使った筋トレ」を選択したとする。 そしてその具体的なメニューを決める。どういう運動、ウェイト、反復回数、週何回等。 ここまでで「手段」。 ここでもアクティベートしなかった「手段」は捨ててしまわずリスト入り。 手段の実行時間は「3ヶ月」としてみる。

ルーティンレベル

「実行」と「結果」を含む青いサークルが「ルーティンレベル」。 戦術で決めた期間、「手段」を実行する。 実際に取り組んで結果を観察し、筋肉に筋トレの手応えを感じるとか、太くなったとか、結果が意図したものなら、そこで再び「実行」に返して回す。 指数関数的に結果がレベルアップしていくようなポジティブな効果が確認できる場合は、選択中の「手段」で正解という認識で、3ヶ月の期間を延長し、その効果が見られる間回し続ける。常に観察し、ファインチューニング(微調整)や効率化、要領を得ることを意識する。

もしここで「手段」に返すことがあるとしたら、たとえば負荷が大きすぎて身体にダメージがあるだとか、まったく何の効果も見られないとか、収穫逓減的に得られる効果量が減衰してきた等、意図した結果に近づいていなさそうだとか、結果へのアプローチが弱まってきた、などという場合、「手段」に「修正やマイナーチェンジ(小改良)」を加えてもう一度回すか、手段そのものを別のものに変える。 ちなみに仕事術のひとつとしての「ポモドーロ・テクニック=25分集中・5分休憩」の30分サイクルも、この「ルーティンレベル」になると考える。 ルーティンレベルは最も具体的な効果・結果を確認するレベルなので、小さな芽を摘んでしまうことがないよう、精緻に検証したい。

ルーティンの効果はあっても収穫逓減的に変動するもの。
効果が薄れてきた時が戦術の替え時。
場合によってはグラウンドプランである仮説からちゃぶ台返し

同じ手段で永遠に一定の結果を得続けるというのは現実的ではない。 いずれ収穫逓減的に、同じことをしていても得られる結果が異なってくる。 考え付いた手段「x,y,z」をいずれもルーティンに放り込んで回してみて、いずれも設定時間の3ヶ月以内に望ましい結果が伴わなくなった場合には、新しい手段を取り入れるか、最初の「仮説」を疑ってみるフェーズになる。 「仮説を疑うのに時間をかけすぎなのではないか」と思われるかもしれないけれども、たとえの筋トレはともかく、 これが仕事や多人数でのプロジェクトの場合、「仮説」を変えることは「ちゃぶ台返し」とも言えるグラウンドプランの変更なので、コストや人員に大きな調整が必要になることもある。 「何だよ、方向性は間違ってなかったじゃないか。大筋あのままで、少し創意工夫すれば近道だったじゃないかよチキショー」 とならないためにも、下位レベルの「手段」から総当たりしたほうが省エネだという判断をしている。 それでダメならいよいよ根本の見直し。発想、仮説を変えることになる。

仕事に納期があるように、何事も永遠になど取り組んでいられない。
論理的なタイムリミット設定

そして全般において大切なことは、各レベルの時間設定はとても重要だということ。 詳しい人に訊いたりネットで調べたりして、「論理的に時間を決める」ことが大切だと考えている。 望みを早く叶えたいというのは誰しも同じ心理だけれども、物理法則は冷徹だ。 欲は横に置いて、そこは冷静に。 筋トレ以外にも、多くの物事は指数関数的に積み上げることで段階的に目標に近づくことが多い。 水面下でエネルギーが蓄積され、じつはあともう一歩で開花するという時に時間設定を短気モードで設定してしまうと、そもそも仮説や手段のせいではなく、「急いてばかりで結局何も成さない」「短気は損気」という落とし穴に落ち続けることがないわけではない。

また、これとは逆に、気が長すぎるのも問題がある。 「この方法でかならず上手くいくだろう。300年継続あるのみ!」 などというのは極端だとしても、納期のない仕事がないように、人生そのものにもタイムリミットがある。 そこは最初の「戦略レベル」で全体の納期的な時間の大枠を決めてしまい、「戦術」と「ルーティン」はそのタイムリミットのなかで配分しなければならない。 いくら確実に効果があるとはいえ、最終的に目指す結果が出るのに1000年かかってしまう仮説や手段は却下せざるをえない。

こんな感じで物事を回してみると、「失敗」というのは「失って敗れて、ハイそれまでよ」というものではなく、それをデータとしてどこかに修正や改良を加えるための「材料」にもなり、ループ内の運動を「加速させるもの」であり、「気づきの別称」にすぎないという認識になってくるはず。 要は「成功か、失敗か」の二元的な思考でジャッジすることで成功から遠のいてしまったり、また、余計なストレスを背負い込んでしまったりしないよう、大局マップを自身で描くのがおすすめという話。 人生万事塞翁が馬というのは、きっとものすごく広大なループのマップを描ける人の到達点じゃないかな。 そんな気がする。

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